ホーム 目の病気について 病院案内 リンク 質問受付 荻窪の遺跡
 

猫の骨髄移植

マスナガ動物病院院長
獣医学博士 増永 朗

獣医臨床領域では、骨髄移植療法のみならず移植療法全般がまだ一般的とは言えません。 骨髄移植は、再生不良性貧血などの血液疾患や遺伝的疾患に対して、また癌治療における 支持療法として有効な治療法であることは広く知られています。(1,2,5,7)そこで猫におけ る骨髄移植の概略を説明し、併せて私の行なった猫の骨髄移植の成績も報告致します。    

骨髄移植の基本原理の主なもとして、致死量の放射線を照射したマウスに同種の骨髄を 輸注することによって救命した1951年のLorentzの実験(3)(図1)や、マウス白血病を用いて (下に続く)

ロレンツの実験

< 図1 ロレンツの実験(1951)>


腫瘍細胞は抗癌剤の投与量に相関して死滅し、また生体は死滅した腫瘍細胞量に 依存して生存期間の延長することを示し、癌細胞を完全死滅させる量を投与するとマウス そのものが死亡してしまうが、骨髄移植をおこない、骨髄の抗癌剤による荒廃を防止する ことによってマウスを救命出来ることを証明した1964年のSkipperの実験が (6)(図2)あります。
 

<図2 スキッパーの実験 (1964)>


また実際には58年に起きたユーゴでの原発事故で致死量の放射線を被爆した 6名の技師の内、骨髄移植によって5名の救命に成功しています(4)。
これらが骨髄移植療法の始まりです。                              

人医領域において1970年以降、主要組織適合抗原系(HLA)の適合ドナーの選択の他、 強力な免疫療法、無菌室療法や成分輸血、抗生物質療法等の十分な支持療法が開発され、 骨髄移植の成功率は飛躍的に向上しました。                      

骨髄移植療法は次ぎの4つの段階から構成されます。               

(1) 組織抗原の適合した骨髄提供動物の選択。                   
(2) 移植前処置(コンディショニング)                      
(3) 骨髄の採取および移植                            
(4) 移植後のサポート(GVHRの予防)                       

以下はこの段階の沿って説明致します。

1.骨髄提供動物の選択
 
骨髄提供動物は組織抗原が適合していなければなりません。
さもないと拒絶反応が起き ます。ただし骨髄移植での拒絶反応は、腎臓移植等の固形臓器移植とは逆で移植した細胞 が患者の細胞を攻撃します。
これをGVHR(移植片対宿主細胞反応)と言います。免疫担当 細胞そのものを移植するために起こることです。その反応は、ありとあらゆる組織に現れます。最近では一般の輸血の副作用としてもクローズアップされてきています。      

我々は適合性を調べるためにリンパ球混合培養法(MLC)を行ないました。移植される側とする側のリンパ球を一緒に培養しその反応のしかたで適合性を判定しました。移植し た後の体内の反応をあらかじめ試験管の中で確認しておく訳です。

2.コンディショニング  

骨髄移植は移植される側の骨髄機能を完全に破壊した状態で行ないます。
重度の再生不 良性貧血のように既に骨髄機能が失われている場合には必要ありませんが、白血病等の場 合には残存する骨髄機能を破壊し、また白血病細胞を完全に死滅させておく必要がありま す。現状では、人医領域で行われている放射線によるコンディショニングは、設備の面で 難しいと考え、我々はより簡便に行なうこと考え、サイクロフォスファマイドの単剤投与 で検討し60mg/kg の2回投与を採用しました(表1)。
この投与量でほぼ完全に骨髄機能 を破壊出来ました。
   

表1 サイクロフォスファマイド 投与後の骨髄の抑制状態

投与量

投与前

5日後

18日後

40mg/kg 1回

正常

軽度抑制

正常

40mg/kg 2回

正常

中等度抑制

正常

60mg/kg 2回

正常

完全抑制

軽度抑制

100mg/kg 1回

正常

完全抑制

全例死亡


3.骨髄の採取および移植
 

骨髄細胞の採取は色々検討しましたが、両大腿骨と両上腕骨から骨髄穿刺針を用いて採取する方法が最も効率的でした。
採取した骨髄細胞は脂肪塊等の不純物を取り除いた後に、 輸血の要領で移植します(図3)。

けっして骨髄の中に移植する訳ではありません。必要 細胞数は、有核細胞数で1〜4×108/kgといわれています。大腿骨1本の骨髄細胞全部集 めても2kg程度の猫に移植出来る量しか採取出来ませんでした(表2)。

表2 採取法による骨髄細胞数の違い

 

大腿骨開大

2ヶ所 穿刺吸引

12ヶ所 穿刺吸引

単核細胞

2.29×108

8.45×108

2.48×109

骨髄細胞

2.29×108

1.00×108

7.40×108


4.移植後のサポート
 

移植後最も問題になって来るのがGVHRの予防です。
GVHRの最も顕著な症状は出血性の 下痢です。ちょうどパルボ感染猫と同じ症状と思って頂ければいいと思います。ただあ の独特の臭気はありませんが。我々はGVHRの予防としてサイクロスポリンA、メソトレキセート、プレドニン等を用いました。
腎臓に障害が出ていない限りサイクロスポ リンAが最も効果的で使いやすいと思います。移植の成否の判定は赤血球型の違う個体どうしの場合はその型の変化で行ないましたが、

白血球型や酵素型でも可能だと思いま す。骨髄移植の実際例として移植前後の検査結果と治療のタイムテーブルを載せておきます(表3)。

表3 骨髄移植時の臨床経過の1例(11日目に赤血球型の変化により移植成功確認)

骨髄移植の臨床経過


以上が骨髄移植の概要です。
                            
最後に実験の機会を与えて下さいました日本獣医畜産大学名誉教授の黒川和雄先生および実験中ご指導下さいました日本医科大学の七戸博和先生、野呂瀬嘉彦先生に謝意を表します。
 


参考文献

1. 幸道英樹・浅野茂隆,1983.骨髄移植の適応と問題点,臨床免疫,15(9):687-699
2.小林幸夫・高久忠麿,1986,骨髄移植,東京医学,93(1):50-60.       
3. Lorentz,E.,et al.1951.J.Natl.Cancer.In st,12:197-200        
4.Mathe,G.,et al.1959.Rev.Fr.Etades.Clin.Biol,4:226-229.          
5.内藤和行・山田一正,1985.血液疾患に対する骨髄移植,臨床免疫,17(1):111-123.
6.Skipper,H,E.1964.Cancer.Chemother.Rep,35:1-7.                
7.高木秀二・矢田純一,1985.免疫不全症に対する骨髄移植,臨床免疫,17(1):124-133.


 
Copyright (c)1996-2007. Masunaga Animal Hospital all right reserved